2013年2月26日火曜日

冠詞をもう一回

ツイッターでありがたきアドバイスをもらいました。
冠詞(特にlo)の内外数量詞の意味が変わってきてるんですね、
というかloの意味が違ってきている。

参考サイト:BPFK Section: gadri
※ちなみにgadriは冠詞という意味です

lo の意味するところは、generic ― 総称的 ということですね。

でもこれ日本語話者なら、loを「単なるsumti化演算子」と見てやったほうが分かりやすいかなと。

「犬は動物だ。」 の「犬」は単なる名詞ではあるわけですが、
意味合いとしては総称「犬というのは」であります。

訳語としてはfit ― ~というようなもの ― lo gerku は「犬というもの」になります。

一方でleはspecific ― 特定的 と以前と意味は変わらず、
訳語としては scribe as ― ~と記述されるようなもの/~と(話者が)思っているもの であり、
自然な日本語としては「その~」です。

ここに、さっきのloを単なるsumti化演算子と見てやるほうが分かりやすいというのがあります。
日本語だとspecificでない限り、冠詞(っぽいもの)をつけないわけですよ。
(強いて言えば「とある」とかつけますけれど、またニュアンスが違ってきますよね?)

結局、loは「訳さない」のが適当な気がします。
これが一般的な自然言語だと「訳さないとはどういうことだ」と違和感があるように思えますが、
ロジバンにはそもそも訳さない語なんてざらにあるわけで(終端子とか)、
loがいまさら「訳さないほうがいい」と言われたところで、その論はすんなり入るはずです。

それこそ、冠詞という固定観念を拭いさるべきでして、最終的に
leやlo(LE類)はbrivlaをsumti化する演算子であり、その際に付加される意味合いによって使い分けが行われる。loは最も「ピュア」な演算子であり、そこに何の意味合いもこめず、ただsumti化するのみである。leは「主観的」な演算子であり、そこに「自分がそう思うような/そう(私が)記述するに十分な」という意味合いを込める。
くらいのほうがキレイな気がするわけです。

P.S
あと、LE類によってsumti化されるのは、brivlaなのか、selbriなのか…?
selbriってのは主文の述部を言うんじゃないのか?ここらも少し曖昧でござる。


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LE, LA
lo [PA] brodabrodaであるような[PA個の]もの
le [PA] broda私がbrodaらしさを表現するような[PA個の]もの
la [PA] broda私が『broda』という名で呼ぶ[PA個の]もの
lo PA sumtisumtiのひとつであるようなPA個のもの
le PA sumti私がsumtiらしさを表現するようなPA個のもの
la PA sumti私が『PA sumti』という名で呼ぶPA個のもの
loi [PA] brodabrodaであるような[PA個の]ものからなる群
lei [PA] broda私がbrodaらしさを表現するような[PA個の]ものからなる群
lai [PA] broda私が『[PA] broda』という名で呼ぶ[PA個の]ものからなる群
loi PA sumtisumtiのひとつであるようなPA個のものからなる群
lei PA sumti私がsumtiらしさを表現するようなPA個のものからなる群
lai PA sumti私が『PA sumti』という名で呼ぶPA個のものからなる群
lo'i [PA] brodabrodaであるような[PA個の]集合
le'i [PA] broda私がbrodaらしさを表現するような[PA個の]集合
la'i [PA] broda私が『broda』という名で呼ぶ[PA個の]集合
lo'i PA sumtisumtiのひとつであるようなPA個のものからなる集合
le'i PA sumti私がsumtiらしさを表現するようなPA個のものからなる集合
la'i PA sumti私が『broda』という名で呼ぶPA個のものからなる集合


2013年2月18日月曜日

2013年2月14日木曜日

なんといいますか

LFBのwikibooks訳をひと通り読んで要約してみたら、それでなんとかなるんじゃないかと思い始めた←
今までの訳の苦労を返せ←

悩むなあーとりあえず概論書くか・・・